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山形地方裁判所 昭和22年(ワ)72号 判決 1948年7月23日

原告

〓藤司

外二名

被告

山形縣農地委員會長

主文

原告等の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の負擔とする。

請求の趣旨

山形縣東田川東村大宇越中山地區未墾地買收計畫に對する原告等の訴願につき、被告山形縣知事が昭和二十二年十月八日附をもつて爲した訴願棄却の裁決、同計畫に對する原告等の異議申立に對し、被告を會長とする山形縣農地委員會が同年六月二十九日附をもつて爲した異議申立棄却の決定並びに同農地委員會が爲した右買收計畫は、いずれもこれを取消す。

訴訟費用は、被告の負擔とする。

事實

原告等の訴訟代理人は、山形縣東田川郡東村大宇越中山地區所在の土地三十七町餘歩は、原告等外數名の所有に屬するところ、被告を會長とする山形縣農地委員會は、右一團地に對し未墾地買收計畫を樹て、昭和二十二年五月十三日附をもつて、其の旨の公告をした。これに對し原告等は、同年六月十日異議の申立を爲したところ、同委員會は、同年六月二十九日附をもつて、右異議の申立を棄却したので、更に原告等は同年七月十二日被告山形縣知事に對し訴願したところ、同知事もまた、同年十月八日附をもつて、右訴願棄却の裁決をした。

しかしながら、右買收計畫、異議申立棄却の決定並に訴願棄却の裁決は、次の如き理由により違法である。

(一) 右越中山地區を買收して開墾する時は、同地區に接續する田地は豪雨時には、洪水となり、その被害を受けること甚大であつて、又旱天の續くときは、水源地は部落の中心地よりわずかに數町の近距離にある岩山であるから、旱害をこおむることが多い。從つて、纔にその防止策として七畝歩乃至一反歩に二十坪乃至三十坪の用水池を設け、その被害の防止に努めつゝあるのであつて、この用水池は共同用水池であるばかりでなく、部落共同の防火用水池を爲している。しかるに、今該地區を開發するならば、この用水池に及ぼす影響はまことに大なるものがある。

(二) 元來越中山部落は、前述のような田地の惡條件存するに鑑み、栗樹を栽培して食糧の不足を補つて來たのであるが、今これを伐採開發するならば、その目的を失うこととなる。

(三) 本件買收計畫豫定地三十七町餘歩中には栽栗畑等の既墾地約十七町歩あり、しかもこの既墾地には三十五名の小作人が居つて、いずれも四、五年前より耕作に從事しているものである。今これを未墾地とみなして買收されることとなると、土地所有者は勿論、小作人は一朝にして耕作地を失い、死活問題を生ずることは言をまたない。

元來集團歸農者を入植せしめる所以のものは、未墾地を開發することに依つて食糧增産を計るに在ることはいうをまたない。しかるに、既墾地をも取り上げ、これを入植者に耕作せしめんとする如きは、むしろ既存農家を苦しめる害こそあれ、決して增産を期待することはできないであろう。それのみならず、右三十五名の小作人の有する小作地を侵害する結果ともなり、而もかような狹い地内に新入植者を強いて入れるならば、徒に人口のみ增大し、その結果、既存農家と新入植者共に零細農家となり、互いにあえぐにいたり、結局農地改革法立法の趣旨にも反することとなる。

(四) 本件未墾地買收計畫地區内には、前述のように賃借權附の既墾地約十七町歩あるにもかゝわらず、これを全部未墾地とみなして、而も全部未墾地としての對價をもつて買收せんとする如きは違法であるのみならず、本件買收計畫地區を實測もせず、正測すれば優に五、六十町歩存するものを、たゞ漫然約三十七町餘と、ほとんど目測通りの見積りを以つて買收せんとするは違法も甚だしいといわねばならない。

(五) 假に前述十七町歩の部分が完全な農地でなく、新開墾地、燒畑、切替畑等の如き農地であるとしても、自作農創設特別措置法第五條(以下自農法と略稱する)により原則として買收できないはずである。

(六) 尚被告は訴願棄却の裁決に當り、前述(三)の理由は、異議申立の内容と異る事實を訴願の内容としたもので、自農法第七條に違反するものとして審査しなかつた。しかしながら、訴願に對し、いかなる裁決を與うべきかは別として、訴願の内容に制限を加うべき理由はない。

訴願人は異議の内容にかかわらず、自由にその訴願の事由を擴張し、又は減縮し得るのであつて、前示法條といえども決してその内容に制限を加えるものではない。從つて、この點について審査をしなかつた裁決自體にもまた違法がある。

以上の理由に依り、本件未墾地買收計畫は明らかに違法であつて、これを看過して爲された異議申立棄却の決定並に訴願棄却の裁決もまた違法であるから、いずれも取消を免れない、

と述べ、被告訴訟代理人は、

原告等の所有地を含む本件土地について被告を會長とする山形縣農地委員會が未墾地買收計畫を樹て、昭和二十二年五月十三日附をもつて、その旨の公告を爲し、これに對し原告等より同年六月十日異議の申立があり、同委員會が同年六月二十九日附をもつて右異議の申立を棄却したこと、更に原告等が同年七月十二日右決定に對し訴願を爲し、被告山形縣知事が同年十月八日附をもつて、右訴願棄却の裁決をしたことは、いずれもこれを認めるけれども、原告等の主張は次の理由に依り失當である。

(一) 原告の主張する(一)の理由については、異議却下決定理由において示す如く、本件地區内に在る洪水と旱害による被害防止の爲の貯水池は水面積約一反歩、その水量約二五〇立坪のもの最も大にして、他は徑三、四間内外の小さな池で、同地區開發に因る影響は技術的にこれを觀るときは、多少の影響はあるとするも、用水池としての目的を失わず、從つて田地の收穫を左右する致命的な影響は認められない。

(二) 同(二)の理由については、本件地區内の栗林を伐採するも、東村地區内栗林總面積のわずか二割内外に過ぎず、越中山名産の特質を失うことにはならない。

(三) 同(三)及(五)五の事實は、否認する。假に本件地區内に在る栽培栗が果樹であり、農地と認められるにしても、右は自農法第三十條第一項第三號に依り買收して差支えないものである。

(四) 同(四)の理由については、元來買收面積については自農法第十條に依り土地臺帳に登録した地積によるのであるが、原告等の土地買收に當つては、特に考慮して、地區を一括測定した上、臺帳と實測との差を各筆にあん分して、一反歩を二反二畝歩として買收し、土地の對價もこれに順じて決定しているのであるから、決して不當ではない。

(五) 同(六)の理由については、自農法第三十一條第五項において準用する同法第七條は、異議申立の内容に對し不服ある場合に訴願し得るのであつて、この場合異議申立の内容と全々異る事項を訴願の理由として提起しても、訴願の理由とならず、行政廳は、これに拘束せられることのないことは農林省の指示に依つても明らかであり、この場合異議申立の内容において、理由を附加し、或は減縮することは自由であるが、異議申立と全然異る理由を以つて訴願の理由としても、これに對しては審理の限りではない。從つて、原告主張の事實について審議をしなかつたとしても何等違法ではない、と述べた。

理由

山形縣東田川郡東村大宇越中山地區所在原告等外數名の所有地三十七町餘歩に對し、被告を會長とする山形縣農地委員會において、未墾地買收計畫を樹て、昭和二十二年五月十三日附を以つて、その公告をしたところ、これに對し原告等より同年六月十日異議の申立があり、同委員會は同年六月二十九日附を以つて、右異議申立棄却の決定を爲し、更に原告等より同年七月十二日被告山形縣知事に對し訴願があり、同知事もまた同年十月八日附を以つて、右訴願棄却の裁決をしたことは當事者間に爭のない事實である。

よつて右買收計畫、異議申立棄却の決定並に訴願棄却の裁決が、いずれも違法であるか否かについて判斷する。

原告は、先ず、その理由(一)及び(二)として本件地區を買收して開墾するときは、同地區に接續する田地に對し、洪水、旱ばつの被害を與え、又同地區に生立する栗樹の伐採に依り、同地方における食糧の不足を來たす結果を生ずる、と主張するけれども、眞正に成立したものと認める乙第二號證、同第三號證、證人關正一、同大館重三郞の各證言並に檢證の結果に依れば、本件地區の開發に依り伐採さるべき栗林その他杉林等の面積は、總體に比しきん少であつて、その地形、傾斜、水流、貯水池の存在並にその水量等に鑑みるも、原告等のいうような洪水、旱ばつの被害を受ける虞はほとんどなく、又同地方においては、栗の實を以つて食糧不足を補い來つた事實のないことから見て、食糧の不足を來すというような虞もまた決して存しないことが認められ、他に本件地區の開發に依つて公共の利益を害するような事實も認められない、この認定に反する原告進藤司本人の供述は、當裁判所これを措信しないから、原告等のこの主張は採用することができない。

次に原告等は理由(三)として本件買收地區内には既に開墾された部分が約十七町歩あつて、この部分には三十五名の小作人があり、耕作に從事している、と主張するので、案ずるのに、證人大館重三郞、同大龍良助の各證言、進藤司本人訊問並に檢證の各結果に徴すると、本件買收地區内には原告進藤司所有の六十九番の一(進藤主税名儀)、七十番の一、七十六番の一、七十七番の一及同番の二(進藤主税名儀)、原告進藤孝一所有の六十四番の一及同番の十二、又、進藤淸太郞所有の七十番の四(進藤万平名儀)及同番の十六(進藤千代吉名儀)の各土地が存在し、その現況は原告司所有の七十七番の一及原告孝一所有の六十四番の一の各一部が立木を伐採して、下草を燒き開墾した形跡の認められるいわゆる燒畑状を爲し、原告淸太郞所有七十番の十六は果樹園態の植栽栗畑であつて、その余の部分は自然栗林若くは杉林等の一見して明らかな未墾地であることが認められる。而して自農法第三十條に依つて買收することのできる土地は、(一)農地牧野以外の土地。(二)右土地附近の農地又は牧野で、右土地と併せて開發することを相當とするものでなければならない。從つて、現に耕作の用に供し、又は耕作可能の状態に在る農地は原則として買收の對象とならないことは明らかである。

それならいわゆる燒畑植栽栗畑は、右除外さるべき農地に該當するであろうが、燒畑は既に開墾され、何時にても耕作の用に供することのできる程度に在るものであるから、農地に該當することは異論を見ないであろう。更に通常の田畑以外のものについては、肥培管理を施しているか否かを標準として農地か否かを決めるのが妥當である。この標準に從えば、桑畑、果樹園、苗木を作る苗ぼ等は當然農地に該當する。然かれば本件植栽栗畑はいかんというに、既に相當の勞力を加えて自然林を起し、これに他の果樹園態に栗苗を植栽し、證人佐藤慶太郞の證言に依つて認められるように、肥料を施し、且つ消毒等の管理を行つている事實に鑑みるときは、これを他の果樹園や桑畑と同樣、農地(既墾地)と見るのが相當である。もつとも右佐藤證人及證人伊藤東樹の證言に依れば、植栽栗畑は農地としての保有面積に入れてなく、又果樹園税の對象とはなつて居らないことが認められるけれども、かような事實の存在は、決して右認定の妨げとはならない。しかしながら被告は、右は自農法第三十條第一項第三號に依り附近未墾地と併せて開發するを相當と認めて買收したものである、と主張するのであつて、檢證の結果に徴するも前示植栽栗畑及燒畑は丘陵状を爲す一團地の平坦面或は斜面に位置し、他の自然栗林、杉林、草地等の未墾部分に比しその面積きん少であつて、しかもそれ等圍ぎようされている地形状況等より見て、右未墾部分と併せて開發することが、右土地の農業上の利用を增進するため極めて必要であることが認められるから、被告がこれ等の土地と一括して買收したことは極めて相當であつて、決して違法なものではない。又原告等は右燒畑、植栽栗畑には既に三十五名の小作人が居つて、耕作或は下作をしている、と主張するけれども、原告等の立證に依つては、その所有部分にいか程の小作人或は下作人が在るのか明確にされないのみならず、假に小作權その他の用役權を持つものがあるにしても、既に前認定のように、買收自體が適法であると認める以上、自農法第三十四條第十二條第一項の適用に依り、買收土地上に在る總ての權利は消滅することになるのであるから、右權利者の存在は決して買收そのものを違法なりとするものではない。從つてこの點についての主張もまた採用し得ない。

次に原告等はその理由(四)として本科地區を實測もせず、且つ總て未墾地としての對價を以つて買收せんとするのは違法である、と主張するけれども、自農法第三十四條第十條に依り、買收土地の面積は土地臺帳に登録した當該土地の地積に依ることを原則とするのであつて、必ずしも實測面積に依ることを要しないばかりでなく、眞正に成立したものと認める乙第五號證、成立に爭がない同第八號證並に第九號證に依れば、被告は農林省開拓局長の通ちようの趣旨に從い、買收土地の總面積を測定し、これと土地臺帳面積との差を各筆毎にあん分した面積を算定し、これに相應の對價を以つて買收したものであることが認められる。原告等は既墾地の部分をも未墾地としての對價を以つて買收するのは違法だというけれども、對價についての不服は、自農法第三十三條、第十四條に依り定められた期間内に增額の訴を以つてするは、格別對價の不當であることを理由として買收計畫自體の取消を求めることは許されないと解すべきであるから、この點の主張もまた排斥を免れない。

次に理由(五)として、前記十七町歩の部分が完全な農地でなく、新開墾地、燒畑等の如きものであるにしても、それは自農法第五條に依り買收できないはずである、と主張するけれども、農地の買收において、かようなものを除外し得ると定めたのは、燒畑、切替畑等は收穫が著しく不定であるから、自作農を創設しても、その安定性に乏しいとの理由に依るのであつて、未墾地買收についてはかような規定はなく、同法第三十條の條件を充す限り買收することができるのであつて、この點について本件買收處分に違法の點がないことは前認定の通りであるから、原告等の右主張は理由がない。

最後に原告等は、被告は本件訴願の裁決に當つて、前述(三)の理由は異議申立の内容と異る事實を訴願の内容としたものであるとして審議しなかつたのは違法である、と主張する。

思うに、訴願は下級廳の爲した行政處分については、これに對し監督權を有する上級廳の行う覆審的審査手續であつて、上級廳はその監督權に基き、廣く原處分の適法不適法乃至當不當を審査し得るのであつて、その前審として處分廳自體に對して爲された異議の理由に拘束されるものではない、と解すべきである未墾地買收處分は、都道府縣農地委員會において買收計晝を樹て、公告晝類の從覽等の手續を經た後、都道府縣知事の認可に依つて確定するのであるから、知事は右買收計畫について一般的な監督權を持つものである。從つて、右計畫に對し訴願がなされたときは、原處分の適法性乃至妥當性につきあらゆる角度から再審査すべきものであつて、決して異議申立の内容とした事項に限局さるべきものではない。これと反對の見解に立つ被告の主張は當を得ない。しかしながら、本件においては被告答辯を内容として援用する裁決晝に依れば、被告は原告の右主張についても一應の判斷を與えて居るばかりでなく、既に原處分が適法のものであることは前認定の通りであつて、訴願を棄却したことは結果において正當であるから、右裁決を取消すべき理由がない。

以上の理由に依り原告等の主張は總て失當であつて、本件處分はいずれも正當であるから、原告等の請求は總て棄却することとし、訴訟費用の負擔について民事訴訟法第八十九條、第九十三條を適用し、主文の通り判決した。

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